日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2015年12月6日 主日礼拝「キリストの系図」

    

本日の聖書箇所

マタイの福音書1章1~17節

説教題

「キリストの系図」

今週の聖句

「キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現れてくださいました。」

Ⅰペテロ1章20節

 

訳してみましょう

1751 God lifts us high when we chose to live low.
(神は私たちがへりくだることを選ぶ時、私たちを高く引き上げてくださる。)

1752 Only a fool fools with sin.
(愚かな者だけが罪によって愚かに振る舞う。)

 

説教メモ

皆さんはおそらく、はじめて聖書をお読みになられた時、新約聖書を薦められたのではないかと思います。
そうなると、必然的に新約聖書の一番最初に位置する「マタイの福音書」から読み始められた方が多いのではないでしょうか。
そこにいきなり出てくるのは「イエス・キリストの系図」です。
系図に馴染みのない今の日本において、このいきなり出て来る、それもカタカナの名前ばかりの聖書に、少なからず何かしらのショックを受けたのではないかと推測します。

皆さんは名刺をお持ちでしょうか?
名刺は自分を紹介するツールです。
初めて会う相手に色々と自分のことを分かってもらうために、様々な肩書きなどの自己紹介が記載されていることも多いでしょう。

マタイの福音書はなぜ、イエス・キリストの系図から書かれているのでしょうか。
著者のマタイが、系図を一番最初に書いた理由。
それは、マタイの福音書が読者である系図を重んじるユダヤ人に対して書かれたものだからです。
いわゆる系図を示してのイエス・キリストの紹介です。

皆さんは、NHKの「ファミリー・ヒストリー」という番組をご存じでしょうか。
ある人(著名人)の先祖をさかのぼり、その歴史を紹介する番組です。
皆さんの家には系図がありますか?
私の系図には、著名人もおりませんし、何も誇れるものがありません。
さらに私の場合、あまり人には知られたくないと思うファミリー・ヒストリーがあります。

 

著者のマタイという人間の紹介があります。

「イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい。」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。」(マタイ9:9)

マタイは収税所にすわっていた取税人でした。
取税人とは当時、ローマ政府(ユダヤのローマ領主)から税金の取り立てを委託された役職で、ユダヤ人でありながら外国人(神を信じない異邦人)のために働くということで、また、役職上金持ちで、割り当てられた税額以上を徴収することによって私腹を肥やす者が多かったことから、同胞のユダヤ人からとても(最も)嫌われていました。
その世の中から最も嫌われていた取税人マタイが、イエス様によって十二弟子の一人に選ばれているのです。
この事実は、一つの重要なポイントとなります。

 

「キリストは、世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現れてくださいました。」(Ⅰペテロ1:20)

キリストという存在は、前々から知られていました。
そしてついに「この終わりの時」に私たちのために現れてくださいました。

 

ユダヤの歴史のはじめ、神はアブラハムを選ばれました。
そして、神さまが指し示す約束の地「カナン」に出て行くように命じられました。
およそ4000年前でしょう。
そこからイエス・キリストの系図が始まります。

「アブラハムにイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ…」(マタイ1:2-3)

ヤコブには12人の息子がいましたが、神はなぜか後継者に、真ん中の子である「ユダ」を選ばれました。
さらにユダは、ユダの息子の嫁であるタマルによって二人の子どもをもうけます。
これは律法で罪とされていることです。しかもタマルの企てた陰謀によっての結果です。

その後パレスからサルモンまでのことは詳しく書かれていないので分かりません。

「サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが 生まれ、オベデにエッサイが生まれ、エッサイにダビデ王が生まれた。」(マタイ1:5-6)

さらに系図は続き、ついに

「ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。」(マタイ1:16)

「それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。」(マタイ1:17)

  • アブラハムからダビデまでが14代
  • ダビデからバビロン移住までが14代
  • バビロン移住からキリストまでが14代

全部で42人の名前がこの系図に書かれていなければならないのですが、何人かは名前が記されていません。
これがイエス・キリストの系図となります。
私たちにとって、詳しく書かれていないためによく分からない部分もあり、何の面白みも味わいも感じられない系図ですが、系図を重んじるユダヤ人にはとても良く分かるそうです。
そして、ユダヤ人には受け入れられました。

 

さて、この系図の中に、女性が4人登場します。
それは、

  • タマル(息子の嫁・姦淫の罪を犯した)
  • ラハブ(遊女)
  • ルツ(イスラエルと敵対関係にあったモアブの女)
  • ウリヤの妻(ダビデとのスキャンダルの当事者)

当時、ユダヤの家系図には決して登場することのない女性の名が、しかも、色々な問題があるこの4人の女性の名がイエス様の系図に登場するところに、不思議さを感じないでしょうか。

イエス・キリストの系図は初めから書き続けられてきました。
その系図には、誰もが認める素晴らしい業績がある人がばかりが書かれているわけではありません。
かえって、先程も見ました通り、ユダヤの家系図には決して登場することのない女性(しかも問題のある)の名や、負い目のある罪人たちが多く登場しているのです。
それがマタイの福音書を著したマタイの意図です。
それを私たちはどう受け止めるでしょうか。

私たちの系図はどうでしょうか。
それは多くの場合、誇れるものではないでしょう。
私たちの生い立ちはどうでしょうか。
私の場合、母の自殺、父との関係など、様々な複雑な思いがあります。
しかし、その系図、その歴史の中で私が生まれ、今の私があるのです。

イエス・キリストも、同じように決して誇れることばかりでない系図の中で誕生しました。
ですから、自分の系図に落ち込む必要はありません。
もし、自分の先祖が罪や汚れに染まった歴史があったとしても、家柄が決して良くないとしても、落ち込む必要はありません。
私たちは皆、自分の努力や力ではどうしようもできない系図、様々な思いを背負っています。
救い主イエス・キリストも、私たちと同じような系図の中で誕生しているのです。
自分なんて。自分はどん底にある。もう終わりだ。
そう思っておられる方がいるでしょうか?
あるいは、様々な罪や汚れの思いの中で、自分なんて堂々と世間に出ていくことがはばかれる存在だ、そう思っておられる方がいるでしょうか?
そのような方々には、私たちの救い主であるイエス・キリストの先祖にもそのような人たちがいたのだというこの系図は福音になるのではないでしょうか。

先ほども申しましたとおり、私の系図には誇らしげに語ることがひとつもありません。
母親のことはさっぱり分からない。
父親はどうしようもない人間。
私と私の兄弟たちは叔父の家に住み、祖父母によって育てられました。
百姓と牛飼いを手伝う毎日。
高校には通っていましたが、勉強する時間がまったくありませんでした。
自分の生い立ちを、真剣に、死にたいと思うほどに悩んだ辛い時期でした。
そんな私が、イエス様の系図を見た時、慰めがあったのです。

皆さんは何かうまく行かないことなどがあったりすると、自分を悲劇の主人公だと思ってしまうことがないでしょうか。
今まで生かされていることは感謝なことだと思ってください。
これからは前向きな姿勢で生きてください。
イエス様も罪や汚れに染まった系図の中で救い主としてお生まれになりました。

もちろん、イエス様のまことの父は天の神さまです。
しかし神さまは、このような人間的な曰く因縁付きの系図を用い、その中でイエス様が誕生しました。

そのイエス様は、罪人を招くために来られました。
病人を癒すために来られました。
そのイエス様は、世に認められていないような、立派な家系図もない私たちのために来られました。
そして、そんな私たちのそれぞれの歴史の中にも、神さまのご計画が必ずあるのです。
たとえ今は分からなくても、後々分かってくるのです。