日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2015年8月9日 主日礼拝「主の祈りに学ぶ(2)」

    

本日の聖書箇所

マタイの福音書6章9~13節

説教

「主の祈りに学ぶ」(2)

今週の聖句

「誘惑に陥らないように、目を覚まして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

マタイの福音書26章41節

訳してみましょう

no.1717 A good leader is a good servant.

no.1718 Man’s love has limits; God’s love is limitless.

 

説教メモ

今日は長崎に原爆が投下された日です。

先日は広島に同じく原爆が投下された日でした。

多くの人々が犠牲となりました。広島は14万人、長崎は7万4千人が亡くなりました。

人類史上初めての原子爆弾によって。

戦争の記憶が消えようとしています。

特に若い世代で、戦争が行われていたことさえ知らない若者が想像以上に多くいます。

いまだに原爆の影響を受けて病気で亡くなる方々がおります。

忘れてはいけない事実です。

 

「平和のための祈り」(同盟キリスト教団が発行)

「平和の主なる神よ。

あなたっは救い主イエス・キリストを私たちのもとにお遣わしになり、
私たちを隔てる敵意の壁を取り壊してくださいました。
争いの絶えないこの地上にまことの平和をもたらし、
国と国、民族と民族を争わせる憎しみ、傲慢、怒りを取り除いてください。
戦争のあるところに終わりをもたらし、まことの平和を打ち立ててください。

愛のみなもとなる神よ。
隣人を愛することなくして、あなたを愛することはできません。
私たちのうちから憎しみと偏見を取り除いてください。
十字架によって示された愛の心で満たし、
私たちを憎み、脅かしているものたちと和解させ、
あなたの平和のうちに、ともに生きることができるようにしてください。

国々の主権者なる力の神よ。
この国の為政者たち、政府と議会、法をつかさどる人々、
私たちの間にあって、権威を委ねられている人々を導いてください。
彼らがあなたを恐れ、あなたの知恵に導かれ、
へりくだってこの国を正しい道へと導くことができますように。
再び偶像礼拝と戦争をする国に向かわせることがありませんように。
弱い立場にある人々に配慮し、正しい政治を行うことができますように。
正義と公正、平和と福祉のためによく働くことができるようにしてください。

永遠の支配者、地にある全てのものの希望なる神よ。
世界の国々に立てられている指導者たちにヴィジョンを与え、
彼らが正義と真実をもって様々な壁を打ち壊し、
平和な世界を築きあげることができますように。
互いの政治的な対立や経済的な利害を超えて、
たがいに助け合い、敬い合うことができますように。

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日ごとの糧を

先週は、「主の祈り」の前半を学びました。

今日は時間内まで、後半を学んでいきましょう。

 

「日ごとの糧を今日もお与えください。」

祈りは肉体をもって生きていく、現実問題を祈ります。

禁欲主義は聖書の教えではありません。

「結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られたものです。神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。」(Ⅰテモテ4章3-4節)

「日ごとの糧」とは、当時労働者に翌日の食料として与えられたものでした。

日々の、その日一日分の必要なだけの糧を与えてくださいと祈ります。

糧は、自分で働いて得たものではありません。

私たちは錯覚しますが、祈って求めて与えられたものです。

「貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ。」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。」(箴言30:8~9節)

私たちは生きていくために、一日に必要な量というものがあります。

その日一日に必要なこと、ものを祈り求めましょう。

「教会全体に必要なこと」に対しても同じように祈ります。

私はこのことによって、他の人々には楽をさせ、あなたがたには苦労をさせようとしているのではなく、平等を図っているのです。今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなた方の欠乏を補うことになるのです。こうして平等になるのです。「多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった。」と書いてあるとおりです。(コリントⅡ8:13-14)

 

負債をゆるす

「私たちの負いめをお赦しください。」

イエス様は私たちの負債をすべて負って十字架にかかられました。

それで私たちは神に赦された者となったのです。

「私たちも私たちに負い目のある者たちを赦しました。」これは神さまに対する成果の報告ではありません。

神に赦されたその恵みを知ったものが、自然ととるべき態度です。

私たちが他の人を赦すことができるのは、神が私たちを赦してくださったからに他なりません。

「私たちが他の人を赦したのだから、私たちを赦してください。」ではありません。

私たちはもっと、「神さまと私」の関係を重要視しなければいけません。

 

試みに会わせず

「私たちを試みに会わせず、悪からお救いください。」

もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、本当の子ではないのです。さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の地tに服従して生きるべきではないでしょうか。なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちを御自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。すべてのこらしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。( ヘブル12:8-11)

私たちの肉体は本当に弱いです。

祈りながら寝てしまったことはありませんか?

心は燃えていても、肉体は弱いのです。

現実的に、誘惑に陥らないように祈らなければなりません。

「試み」「誘惑」このふたつの原文は同じです。

試みによって成長したなら「試み」

試みによって堕落してしまったなら「誘惑」となります。

ですから、

「悪のチャンスになり得る試みに会わせないでください。」と私たちは祈りましょう。

堕ちてしまう「誘惑」となる「試み」から守られるために祈りましょう。

私たちが受ける人生の中の「テスト」はそれぞれ違います。

 

「国と力とさかえは、とこしえにあなたのものだからです。」

この一文は、弟子たちがどうしても祈らざるを得なくなった祈りです。

主から祈りを学んでいくうちに、そのように祈りが湧いてきました。

祈りを学び、祈りを重ねるごとに湧いてきた神さまへの賛美の思い、感謝の思いがこの祈りになりました。

神さまに栄光を帰するためにです。

 

 

特別なお知らせ

  • シャワー設置に145,770円、墓石修復に195,294円かかりました。8月2日をもって全額がちょうどに満たされました。感謝です。