日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2016年11月6日 主日礼拝「ペテロの再献身」

    

本日の聖書箇所

ヨハネの福音書21章1〜19節

説教題

「ペテロの再献身」

今週の聖句

「わたしに従いなさい。」

ヨハネの福音書21章19節

 

訳してみましょう

1842 The best way to know God’s will is to say, “I will” to God.
(神のみこころを知る最善の方法は、「私がします」と神に申し上げることだ。)

1843 Do thy duty, that is best; leave unto the Lord the rest.
(汝のなすべきことをせよ。それが最善である。主にゆだねよ。)

 

説教メモ

1.マルチン・ルター

10月31日は「宗教改革記念日」でした。
1517年のこの日に、マルティン・ルターはヴィッテンベルク城教会の扉に『95ヶ条の論題』を張り出しました。今年はそれから500年という記念すべき年です。
マルチン・ルターはドイツに生まれました。とても貧しかったようです。14歳のとき家を出て都会へ行き勉学に励もうとしました。家からの仕送りは一銭もありませんでした。学費がなく、学費を稼ぐために家を一軒一軒まわり賛美しました。その中で一人の婦人と出会い、彼女の支援によって勉学に励んだようです。大学で彼は品行方正な青年でした。両親も周囲の人も彼の将来を期待していました。そんなルターの心のうちは、平安ではありませんでした。ある日、友人と二人で歩いている時に、目の前に雷が落ちました。彼は助かったのですが、友人は雷に打たれ帰らぬ人となってしまいました。その事故をきっかけに、この世的な出世の道を捨て、修道士になる決心をしました。修道院に入りました。しかし、ますます心には平安がなく、罪の意識が増し加わるばかりでした。1510年、修道院の用事でローマに行きました。ローマには聖人と呼ばれる人の像がたくさんあり、彼はそれらを拝んだり、様々ないわゆる修行のようなことをして回りました。しかしやはり彼の心は満たされませんでした。その中で出会った一人の優れた先生に、イエス様の十字架に目を留めるように教えられました。すると彼は、初めて心の平安と罪の赦しを体験しました。彼は26歳で神学博士となり、ヴィッテンベルク大学の教授になりました。そこで聖書の講義を始めました。そんな中、ローマでは「免罪符」が売られていました。免罪符を買うために小銭を箱に入れるのですが、その際にチャリンと小銭が落ちる音がするとその瞬間に、どんな罪でも立ち所に赦されると宣伝されていました。そのような考えに疑問を覚え、そして反対しました。そして1517年10月31日、ルターはヴィッテンベルク城教会の扉に『95ヶ条の論題』を張り出しました。その出来事が宗教改革が始まるきっかけとなりました。ルターが法王に反対したことは、世界中の人々に知れ渡りました。法王も黙ってはいられません。法王は彼を投獄しました。けれど彼は、「私が言ったことは聖書に書かれた真実であるので、決して取り消すことはできない。また、良心に背く偽りも言えない。神よ、私はここに立っております。私を助けて給え。アーメン。」こう言いました。ローマ当局から追っ手が来て、命の危険を感じたこともあったようです。フリードリッヒという人が彼をかくまいました。彼は二回逮捕されました。そして二回目の逮捕で約6ヶ月間、牢獄にいました。その時、彼は初めてドイツ語で聖書を翻訳しました。そのおかげで、ドイツの人々は自国の言語で聖書を読めるようになりました。
彼が宗教改革でしたことが3つあります。それは、①信仰のみ ②聖書のみ ③万人祭司。この三つを主張しました。

 

2.あなたがご存知です

今日はペテロについての3回目となります。「ペテロの再献身」と題して学んでまいりましょう。

イエス様がよみがえられてから、テベリヤの湖畔(ガリラヤ湖畔)で、もう一度ご自分を弟子たちに現わされました。

シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。
シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。《彼らは言った。「私たちもいっしょに行きましょう。《彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」
イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。《そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。
(ヨハネ21:2〜6)

この辺までくると、弟子たちは彼がイエス様であることに気付き始めました。

そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。
(ヨハネ21:7)

ペテロらしい行動だと思います。他の弟子たちは小舟で岸に近づきました。
そしてイエス様が獲れた153匹の魚から何匹かを持ってくるように言われました。そして朝の食事の用意をするように言われました。

イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」弟子たちは主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか。」とあえて尋ねる者はいなかった。
イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。
イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、すでにこれで三度目である。
(ヨハネ21:12〜14)

食事が終わると、イエス様はペテロに対して特別なことを語られ、また尋ねられました。

彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」
イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」
イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」
これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現わすかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」
(ヨハネ21:15〜19)

ペテロは、イエス様が「わたしを愛しますか。」と三度おっしゃったことに対し心を痛めました。

「あなたは、ペテロです。」とイエス様が仰ったことを覚えておられるでしょうか。ところがここでは「ペテロ」とは一回も呼んでおらず、すべて「ヨハネの子シモン」と呼んでいます。イエス様の思いは、この弟子は前途有望な弟子だ。だからペテロ(岩)と呼ぼう。そしてこの岩の上に教会を建てようと決心されました。ところが、そのペテロは3回もイエス様を「知らない」と言ってしまいました。十字架の受難を前にして、三度主を否む失敗を犯しました。そのペテロを立ち直らせて、もう一度最初の「あなたは、ペテロです。」とおっしゃったその場面まで戻ろうとしておられるのです。ペテロをもう一度立ち直らせるイエス様の思いがここにあるのです。それでこの時、「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」と、ペテロと呼ばずにシモンと呼び、問われたのです。

イエス様はペテロ以上にペテロのことをご存知でした。
三度知らないと言ったペテロに対し、三度迫ってくださったことに意味があると思います。
この「愛しますか」のことばに、意味があるのです。
一つは「アガパオー(アガペ)」、もう一つは「フィレオー」です。
アガペーは「神の愛、一方的な愛」です。愛する資格のない者を愛する「愛」です。フィレオーは「相互の愛」です。お互いの間を行ったり来たりする愛です。私たちは多くの場合、この相互の愛「フィレオー」を実践しています。見返りを求めない愛、愛する資格のない者を愛する愛を実践することはとても難しさを覚えるでしょう。
イエス様がペテロに迫られた愛、「あなたはわたしを愛しますか」の愛は、アガペでした。一方的な愛、見返りを求めない愛です。ペテロはどうしても自分ではそれが出来ないという思いから、アガペの愛に、アガペの愛で答えられず「フィレオー」の愛で返答しました。ところが三度目にイエス様がペテロに「わたしを愛しますか」と問われた時、イエス様は「フィレオー」を用いられました。イエス様はフィレオーしか用いられないペテロのところまで降りて来てくださいました。
今もイエス様は私たちに「あなたはわたしを愛しますか」アガペの愛で。そう問われておられるのではないでしょうか。

すべてをご存知の主の前に、私たちは立っています。それは私たちの心が主の前に何も隠されていないということです。「主を愛する」とは、主以上に愛するものがあってはいけないということです。

わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。
自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。
(マタイ10:37〜38)

それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
(マタイ16:24)

自分を捨てて主に従う。これが主を愛するということです。そのことにおいて、私たちの主に対する愛の真実が問われています。私たちはどう答えるでしょうか。私たちよりも私たちをご存知の主が、「わたしを愛しますか」と問われていることに対し、わたしたちはどう答えるでしょうか。

本当に私たちは主を愛しているでしょうか。「この人たち以上にわたしを愛するか。」「あなたはアガペの愛をもってわたしを愛することができるか。」そう問われています。私たちはどう答えるでしょうか。私たちの全てをご存知の主が、今私たちの前に立たれていると思ってください。そのイエス様が問われているのです。

主は「愛せるか」ではなく「愛するか」と問われています。
可能性ではなく、「意思の力」を問われているのです。
そこにはイエス様のペテロに対する愛がありました。そしてイエス様は決してペテロを見放してしまうようなことは仰いませんでした。最後にイエス様は「わたしの羊を飼いなさい。」と仰いました。ここでペテロを自責の念から解放し、素直な、謙虚な愛に導き、愛の使徒として立つことができるようにしてくださいました。「ヨハネの子シモン」そう呼びかけ、最初の出会った頃に戻って、主の羊を飼うという新たな使命を与え再スタートさせてくださいました。そしてペテロは再献身をしたのです。

私たちがイエス様に愛されている。
この事実が私たちの存在価値でしょう。主の愛が不変なので、私たちの存在価値も不変です。

「わたしに従いなさい。」ペテロは生涯、主に従いました。ペテロの存在価値は主に愛されていることでした。私たちにもその同じ愛が注がれているのです。