日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2016年3月27日 イースター記念礼拝「復活の朝」

    

本日の聖書箇所

ルカの福音書24章1〜12節

説教題

「復活の朝」

今週の聖句

「ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえらえたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。」

マタイの福音書28章6節

 

 

訳してみましょう

1783 The only sure place to bury sin is at the foot of the cross.
(罪を埋める〈消す〉ための唯一の確かな場所は、十字架の足下にあります。)

1784 When you’ve wronged, don’t do what comes naturally; do what comes supernaturally.
(あなたが間違ったとき、自然にやって来る〈自分が思う〉ことをしないでください。超自然的に来る〈神さまから来る〉ことをしてください。)

 

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説教メモ

ユダヤの安息日は土曜日でした。ユダヤのカレンダーでは、土曜日が休日で、日曜日から新しい週の生活、労働が始まっていました。
イエス様は金曜日の朝9時頃に十字架にかけられ、午後の3時頃に息を引き取られました。

さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった。彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた。この人が、ピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。それから、イエスを取り降ろして、亜麻布で包み、そして、まだだれをも葬ったことのない、岩に掘られた墓にイエスを納めた。この日は準備の日で、もう安息日が始まろうとしていた。(ルカ23:50~54)

十字架刑に処せられた罪人が、新しい立派な墓に納められることは稀なことでした。他の福音書をみますと、もう一人ニコデモという老人が、イエス様の葬りのために没薬を30kgくらい携えてきたと記されています。アリマタヤのヨセフとニコデモのふたりがイエス様の死体を取り下ろして、当座の葬りをしたようです。

ガリラヤからイエスといっしょに出て来た女たちは、ヨセフについて行って、墓と、イエスのからだの納められる様子を見届けた。そして、戻って来て、香料と香油を用意した。安息日には、戒めに従って、休んだが、(ルカ23:55〜56)

女たちは、イエス様がアリマタヤのヨセフの墓に納められる様子を最後まで見ていました。安息日には「安息日律法」があり、様々な行動の成約がありましたから、帰って香料と香油を用意できただけで、他には何もできずにいました。そして安息日が終わり・・・

週の初めの日の明け方早く、女たちは、準備しておいた香料を持って墓に着いた。(ルカ24:1)

週の初めの日の朝早く、香料をもって墓に行きました。丁寧にイエス様を葬るためには、ニコデモが用意した香料では足りないと考えたからでしょう。そして墓に向かう途中、あの大きな石をどうしたらどかすことができるだろうかと案じていました。それが一番の関心事でした。
これらのの行動から見て、女たちは、イエス様がよみがえられることなど微塵にも信じていなかった様子が分かります。

見ると、石が墓からわきにころがしてあった。はいって見ると、主イエスのからだはなかった。そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た。恐ろしくなって、地面に顔を伏せていると、その人たちはこう言った。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう。」女たちはイエスのみことばを思い出した。(ルカ24:1〜8)

なんと、心配していた大きな石は、すでにわきにどけられていました。そればかりでなく、中に入ってみるとイエス様の死体がありませんでした。想像外の出来事に、どうしたんだろうと途方に暮れていると、光り輝いたふたりの人が女たちに近づきました。恐ろしさのあまり、地面に顔を伏せていた女たちにむかってその人たちは「ガリラヤにおられたころ、あの方がお話しになったことを思い出しなさい。」と言いました。そしてようやく、女たちはイエス様の語られた「人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない。」というおことばを思い出したのです。

さて、ここで「よみがえられた」とあります。この「よみがえらる」と訳されたギリシャ語の原文を見ますと、「起き上がる」「目をさます」という意味があり、さらには「反乱を起こす」「反抗的に立ち上がる」という意味までも持っています。考えてみますと、イエス様がよみがえられたということは、当時の社会に対する一種の反乱です。ユダヤの指導者たちはイエス様をねたんでいました。彼らは、イエス様を十字架につけて殺すことにより、自分たちの正義を思い知らせたつもりでいましたが、イエス様はよみがえりをもって「神さまが正義であること」を示されました。よみがえりを信じるということは、罪の支配にあるこの世から反抗的に立ち上がるということです。神さまを信じるということです。悪霊とか、病、死など、この世には人間の力ではどうにもできないことが沢山あります。また、社会には、一人の善人の力ではどうしても打ち壊しがたい悪の構造があります。私たちのこの世の常識ではねじふせられて終わってしまう、そんな状況の中で、反乱を起こし、破壊する力が復活の力である。そういった意味もあるのです。この信仰に立つことができたら、私たちの人生には大きな希望があります。ただ単にイエス様がよみがえられたのだということだけではなく、この世に対する反骨精神、それは間違っている、そうではないのだと起き上がるように、復活は厚く立ちはだかる壁を突き破る力です。そのような信仰に立つからこそ、私たちクリスチャンは、望みが持てない時に望みを抱き、他人をも励ますことができます。教会はそのような信仰に立つ人々が集い、祈る場所です。

御使いは、生前のイエス様のみことばを思い出しなさいと言いました。これは今の私たちにも語られているのではないでしょうか。語られていながら、イエス様のみことばを思い出せずにいて不信仰に陥ることがあります。字面だけをとらえて、私たちがそれを信じたと思い込んでいると、私たちは思わぬ時に、思わぬ試みに遭遇するとき、思いがけない行動に出てしまいます。

3人の女性が登場します。

この女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤとであった。彼女たちといっしょにいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。(ルカ24:10)

ここで3人の女性の名前が登場します。

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マグダラのマリヤ…皆さんの聖書には地図が付いているでしょうか。地図をご覧いただき、ガリラヤ湖のある所を見てください。ガリラヤ湖の一番上にベツサイダ、カペナウムがあります。左に真っ直ぐ下りていく、つまり真っ直ぐ西側にマグダラという地域があります。それからさらに下っていくとテベリヤがあります。ガリラヤ湖はテベリヤ湖とも呼ばれていました。
マグダラは、ガリラヤ湖を取り巻く4つの大きな都市の一つで、染め物、魚の加工で知られていた町だったそうです。マグダラ出身のマリヤは、イエス様がそんなガリラヤの町を伝道中、十二使徒と一緒にイエス様に従った女たちのうちの一人で、十字架や復活など、重要な場面にはいつもイエス様のそばにいた女性です。彼女はイエス様によって7つの悪霊を追い出していただきました。

ヨハンナ…執事であったクーザという人の妻で、マグダラのマリヤと一緒に早い時期からイエス様に従った女性です。

●ヤコブの母マリヤ…ガリラヤの出身で、マグダラのマリヤと同じ頃イエス様に従い、イエス様を経済的に支えた女性です。

このような女性たちがイエス様の葬られた墓に行きました。ところがそこにはイエス様の死体はありませんでした。そして光り輝くふたりの人に告げられ、イエス様が「人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない。」というおことばを思い出しました。そして、イエス様が先にガリラヤに行かれるので、使徒たちにそのことを伝えなさいと言われました。

そして、墓から戻って、十一弟子とそのほかの人たち全部に、一部始終を報告した。この女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤとであった。彼女たちといっしょにいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。ところが使徒たちにはこの話はたわごとと思われたので、彼らは女たちを信用しなかった。(ルカ24:10~11)

3人の女性たちは自分たちが体験したことをすべて弟子たちに報告しました。ところが、まるで取り合ってもらえませんでした。「たわごと」だと思われてしまったのです。「たわごと」とは、精神錯乱に陥った人のうわごとに対して用いられる言葉です。使徒たちが信じなかった理由は、女たちが言ったことだったからです。当時は女性たちの証言は一般的に受け入れられていませんでした。ですから使徒たちは軽率に信じることを避けたのかも知れません。ところが、

[しかしペテロは、立ち上がると走って墓へ行き、かがんでのぞき込んだところ、亜麻布だけがあった。それで、この出来事に驚いて家に帰った。](ルカ24:12)

異本ではこの12節が欠いていることから、ヨハネの福音書などと照合して、後に書き加えられたものだと言われています。最初のルカの福音書にはこの12節がありませんでした。ヨハネの福音書には、年長者のペテロと一番若いヨハネとが女たちの言ったことを100%信じなかったけれども、そういえば…と思い、もしかしたらといった思いもあったのでしょう、墓へ走って行きました。若いヨハネが先に着いたのですがペテロが到着するまで待っていたようです。ペテロは待っていたヨハネに目もくれず、急いで墓に飛び込みました。ペテロの性格を良く表しています。しかしそこにはイエス様のからだはありませんでした。

イエス様が捉えられて十字架に架けられたのは、過越の祭のときです。それから50日後に何が起きたでしょうか。使徒の働きを見ますと、ペンテコステの祭りがありました。ペンテコステはユダヤ教において過越祭の50日後に祝われる祭日で、もともとは春に得られる最初の収穫に感謝する農業祭でした。その時、イエス様が捕えられ、散り散りに逃げてしまった弟子たちが突然、「イエス様はよみがえられた。私たちはそのことの証人である。」と力強く民衆に語りました。聖霊が与えられたのです。

神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。(使徒2:32)

エルサレム郊外でイエス様は十字架に架けられました。ペンテコステに聖霊が注がれたのはエルサレムの町の中でした。距離的にはほとんど変わりません。時間的にも、たった50日という経過があったのみです。50日前の弟子たちはどのようだったでしょうか。彼らはイエス様を裏切り、「知らない」と言い、見捨てて逃げてしまった人たちです。そのペテロが「イエス様はよみがえられたのだ。」と力強くメッセージを語っています。

ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。(使徒2:36)

「あなたがたが」と言うペテロの自らの心は責められました。三度もイエス様を否定したこと。「三度あなたはわたしを知らないという」とおっしゃったイエス様のおことばを思い出し、外に出て泣いたペテロ。そのペテロの反省がそこにあります。
イエス様の十字架からたった50日後、距離的にも非常に近いその場所で、まだ生々しい記憶が残っていたであろうその時に、いきなりペンテコステの出来事が起こりました。聖霊が与えられました。
イエス様の復活のメッセージは、表面的にはそのようにして開始されました。その生々しさを想像してみてください。嘘をついているならば、立ち所に寄ってたかってすべてを否定される状況にありました。しかし否定されるどころか、その証言は多くの人たちに受け入れられることになりました。なぜでしょうか。
それは、イエス様の復活に関して最も基本的な歴史的事実が、弟子たちがわずか50日後に「イエス様は復活した」「私たちは復活されたイエス様に出会ったのだ」と証言し始めたためです。そして確かな事実は、イエス様が納められた墓が空っぽになっていたという事実です。墓に遺体があるままならば、当局者たちはその遺体を持ち出して、イエス様の復活の騒動を立ち所に終わらせることができました。その後のキリスト教会の歴史はまったく無かったことになったでしょう。

週の初めの朝、女たちはイエス様の埋葬の最後の仕上げをしようと墓に行きました。
墓に立ちはだかっていた大きく重い石をどうしようかと案じていました。
そこには復活の希望など微塵もありませんでした。まさか十字架に架けられて死んだイエス様がよみがえられるなんて、女たちはもちろん、弟子たちも思ってもいませんでした。
しかし、大きな石はどけられており、御使いがイエス様の復活の事実を告げました。
そのことを知らされたペテロはじめ男の弟子たちは、とても信じられませんでした。
彼らには復活の希望など全くありませんでした。
この事実が、逆に主イエス様の復活の事実の、第一の明白な証拠となりました。

復活を否定する人々にはさまざまな言い分があります。
イエス様は気絶していただけだと言う人がいます。しかし、イエス様が十字架上で息を引き取られた時、ローマ兵は脇腹を槍で刺してイエス様の死を確認しました。
弟子たち、またはユダヤ側の誰かが死体を持ち去ったのだという人もいます。しかし、弟子たちがイエス様はよみがえったと証言しているその目の前に、イエス様の死体を持ち出してはっきりと否定できたはずです。
女たちが違う墓に行ったのではないかという人もいます。しかし、女たちはイエスの葬りをずっと見ており、確かめていましたから間違うはずがありません。
色々な否定がされてきましたが、どれもそれを証明することができませんでした。あるアメリカの州知事は、その職を辞してまでイエス様の復活を否定するためにイスラエルに行き、徹底的に調べ上げました。その結果、彼はイエス様の復活を信じるものとなりました。

三浦綾子さんがクリスチャンになった時、イエス様の復活を信じられたからクリスチャンになったのではないと言っています。イエス様の復活こそ、もっとも信じがたい事実であったと言っています。そして、使徒たちも、そう簡単に信じたのではないということを聖書は記してるとも言っています。
みなさんはどうでしたか?
イエス様が3日目によみがえられたことをすぐに信じられたでしょうか。教会に来て、聖書の話を聞いて、十字架の復活をどのように受け止めたでしょうか。十字架の死につては、教科書にも載っているくらいですから誰でも信じているでしょう。しかし、3日目によみがえられたということは、クリスチャンしか信じていません。それを皆さんはいつ頃信じられたでしょうか?

私自身も、聖書に記されている癒しなどの奇跡などを見ます。そこにはいきなり、イエス様が処女マリヤから生まれたなんて、普通では考えられないことが記されています。イエス様が男だけで5千人の群衆を養ったとか、生まれつき目の見えなかった人の目を見えるようにし、生まれつき歩けなかった人を歩くことができるようにしたなど。ツァラアトを癒されたとか、中風の人を癒したなど、色々な奇跡が福音書の中に記されています。それらはある程度簡単に信じられることかもしれません。しかし復活に関しては、私にとって一番大きな問題でした。復活を信じられたなら、他の奇跡は、神の子であられるイエス様ですから当然そのことをなさるだろうと、もっともっと簡単に信じられると思いました。

イエス様の復活を否定する意見が多くある中、それを信じられた時、心にあたたかいものがこみげてきたのではないでしょうか。この方は本当に神の子であられたのだ。父なる神さまはこのイエス様をよみがえらせてくださったのだ。そうだとしたら、神さまにおできにならないことは何一つないのだから、無の状態から人間を創造された神さまが、処女マリヤを介してご自分のひとり子である救い主をこの世に送られることも、多くの力あるみわざをなすことも、そんなに難しいことではなかったのだろうと思えます。
死よりよみがえられた、復活されたということは、非常に大きな出来事でした。私の生涯にはもちろん、みなさんの生涯にもとても大切な出来事です。
今の時点で、皆さんは信じておられると思いますがどうでしょうか。
ご自分の信仰の過程を思い出してみてください。自分はいつ、イエス様の復活を信じられる者とされたのか。それも勉強したり自分の努力によってではなかったことに気づかれるでしょう。

聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。(Ⅰコリント12:3)

私たちが復活を信じられる者とされたのは、すべて聖霊様の力によるものなのです。
聖霊様の働きなのです。
そのことは、本当に感謝なことであります。