日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

ヘッダー

2016年4月17日 主日礼拝「モーセの誕生」

    

本日の聖書箇所

出エジプト記1章1〜2章10節

説教題

「モーセの誕生」

今週の聖句

「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちをとこしえまでも守られる。」

詩篇121篇7節

 

訳してみましょう

1789 God entered human history to offer us the gift of eternal life.
(神は、永遠のいのちの贈り物を私たちに与えるため、人の歴史に入った。)

1790 Many books can inform, but only the Bible can transform.
(多くの本は知らせることができるけれども、聖書だけが私たちを変えることができる。)

 

img_0

説教メモ

今日から出エジプト記をしばらく見てまいりたいと思います。
本朝は「モーセの誕生」です。

今週の聖句に詩篇121篇7節を掲げております。121篇が好きだとおっしゃる方は多いのではないでしょうか。「都上(みやこのぼ)りの歌」という表題が付けられています。ユダヤには色々なお祭りがありますが、そのお祭りのためにシオン(エルサレム)に上ろうと巡礼者たちに歌われてきた歌です。

主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。(詩篇121:7)

読み手が危機的状況にいたことが推察されます。たとえそうであったとしても、主の守りに対する絶対的な信頼が最善の策であることをこの中で歌っています。そのことを本朝はモーセの誕生を通して見てまいりたいと思います。

出エジプト記は、直前の創世記の続きと理解してよろしいのではないでしょうか。神さまはアブラハムと特別な契約を結ばれました。それは「アブラハム計画」と呼ばれています。神さまがアブラハムと結ばれた計画、その目的は何だったでしょうか。契約の内容は、「アブラハムを祝福して大いなる国民の父とする」、「あなたから生まれ出る者が祝福される」ことでした。そう言われた神さまの目的は何でしょうか。それは子孫(イスラエル)が神さまと世界の人々との間で、模範となるべき人間、他の民族の中で見本を示すべき存在となることです。神さまはただイスラエルを選ばれただけでなく、選ばれた民は他の民族の模範となるべき、真の神を知らされている人間はこうあるべきだという、見本を示す存在とすることが目的でした。しかし私たちは聖書の中で、イスラエルがその過程の中で何度も何度も躓(つまず)いているのを見ています。神さまの祝福の橋渡しをすべきイスラエルですが、その目的が実行されるためにはイスラエルの民の数が増えなければなりません。今日の箇所で、イスラエルの民がどんどん増やされていく様子が見て取れます。それは一つの国家が形成されるほどの人数にまで増えていったことを見ます。そしてやがてその民をエジプトから導き出すという神さまの遠大なご計画の中に、モーセは誕生しました。

古代エジプトの歴史は、紀元前約4000年の末、メネス王朝という時代から始まり、紀元前525年にペルシャ帝国に征服されるまで続きました。エジプト王朝は、古王朝時代、中王朝時代、新王朝時代と分けることができます。ピラミッドやスフィンクスは一番古い古王朝時代、エジプトの全盛期のものです。ヨセフが大臣となり、ヤコブが移住したのは、その次の中王朝時代であったと言われています。

ヤコブから生まれた者の総数は七十人であった。ヨセフはすでにエジプトにいた。(出エジプト1:5)

エジプトに下ったイスラエル人は、当初たったの70人でした。創世記の終わりにヨセフ物語があります。ヨセフは一足先にエジプトに行きました。神さまがともにいてくださったゆえにヨセフは用いられました。エジプトの大臣にまでなりました。ヨセフの兄たちは、カナンに飢饉が到来したことにより、食料を求めに、食料が豊富なエジプトに行きました。そしてエジプトに住むようになりました。創世記47章あたりに記されていますが、ゴシェンというエジプトで一番肥沃な土地が提供され、そこに住みました。このことの中にも、ヨセフがエジプトで用いられていたことが分かります。何百年という時が過ぎ、イスラエルの民はだんだん増えていきました。

そしてヨセフもその兄弟たちも、またその時代の人々もみな死んだ。イスラエル人は多産だったので、おびただしくふえ、すこぶる強くなり、その地は彼らで満ちた。(出エジプト1:6〜7)

おびただしく増えたイスラエルの民を、エジプトは脅威と感じました。

さて、ヨセフのことを知らない新しい王がエジプトに起こった。(出エジプト1:8)

今までの王朝が継続しているのではなく、違う民族が新しい王となり、ヨセフのことをよく知らない世になりました。

彼は民に言った。「見よ。イスラエルの民は、われわれよりも多く、また強い。さあ、彼らを賢く取り扱おう。彼らが多くなり、いざ戦いというときに、敵側についてわれわれと戦い、この地から出て行くといけないから。」そこで、彼らを苦役で苦しめるために、彼らの上に労務の係長を置き、パロのために倉庫の町ピトムとラメセスを建てた。(出エジプト1:9〜11)

エジプトの北西にあたるゴシェンの地は、エジプトの入口に位置していました。その位置に住んでいたイスラエル人は、エジプトの防衛のためにも重要な存在でした。その民たちが敵に寝返ったならそれは大変なことになるということで、エジプトはイスラエルの民に苦役を与えるという策を講じました。

新しい王についてですが、紀元前15世紀頃のアメンホテプ二世という王です。もうひとつの説としては紀元前13世紀頃のラメセス二世という説もあるようですが、私はアメンホテプ二世がこの当時の王であったのではないかと思います。というのは、イスラエル人がエジプトの地を出てから、480年目にソロモンが主の神殿の建設取りかかったと聖書に書かれています。ソロモンが神殿建設を開始したのが紀元前967に年と考えられます。すると出エジプトの時期は大体推測することができます。考古学者は色々な説を掲げておりますが、私たちは聖書的に考えるとアメンホテプ二世の時代だったのではないかと推測します。

新しい王は、イスラエルの民を国外へ出すことを許しませんでした。それはさきほども言いましたとおり、エジプトの防衛のためでした。物資や武器を保管するための倉庫の町々を建設するための労働力にしようと考えていました。それでイスラエル人はエジプトの奴隷としてレンガ造りの苦役が与えられました。運河も掘りました。エジプトは厳しい労働をイスラエル人に課しました。イスラエルが苦役によって弱くなり、人口増加が抑制されるのではないかと期待していました。ところが、イスラエル人はますます増えて広がっていきました。

しかし苦しめれば苦しめるほど、この民はますますふえ広がったので、人々はイスラエル人を恐れた。(出エジプト1:12)

そこでパロは、第二の策を講じました。

また、エジプトの王は、ヘブル人の助産婦たちに言った。そのひとりの名はシフラ、もうひとりの名はプアであった。彼は言った。「ヘブル人の女に分娩させるとき、産み台の上を見て、もしも男の子なら、それを殺さなければならない。女の子なら、生かしておくのだ。」しかし、助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が命じたとおりにはせず、男の子を生かしておいた。そこで、エジプトの王はその助産婦たちを呼び寄せて言った。「なぜこのようなことをして、男の子を生かしておいたのか。」助産婦たちはパロに答えた。「ヘブル人の女はエジプト人の女と違って活力があるので、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」神はこの助産婦たちによくしてくださった。それで、イスラエルの民はふえ、非常に強くなった。(出エジプト1:15〜20)

神を恐れていた助産婦たちは、王の命令に背き、産まれた男の子を生かしておきました。イスラエルの民はますます増え、強くなっていきました。王は最初の策に失敗しました。王は次の策を講じました。

また、パロは自分のすべての民に命じて言った。「生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない。女の子はみな、生かしておかなければならない。」(出エジプト1:22)

今度は、助産婦だけでなく、エジプトのすべての民に命じました。イスラエルに男の子が産まれたなら、すべてナイル川に投げ込めというものです。そのような状況の中に、モーセが誕生しました。

さて、レビの家のひとりの人がレビ人の娘をめとった。女はみごもって、男の子を産んだが、そのかわいいのを見て、三か月の間その子を隠しておいた。しかしもう隠しきれなくなったので、パピルス製のかごを手に入れ、それに瀝青と樹脂とを塗って、その子を中に入れ、ナイルの岸の葦の茂みの中に置いた。(出エジプト2:1〜3)

後に名前が出てきますが、モーセの母「ヨケベテ」が男の子を産み、王の命令に背き隠しておきました。隠しきれなくなったときにヨケベテは赤ちゃんを入れる特別な籠を作り、ナイル川のほとりに置きました。

その子の姉が、その子がどうなるかを知ろうとして、遠く離れて立っていたとき、(出エジプト2:4)

モーセの姉が登場しました。後に私たちは、その姉の名が「ミリヤム」であることを知ります。さらにモーセには「アロン」という兄もいました。モーセは三番目の子でした。

パロの娘が水浴びをしようとナイルに降りて来た。彼女の侍女たちはナイルの川辺を歩いていた。彼女は葦の茂みにかごがあるのを見、はしためをやって、それを取って来させた。それをあけると、子どもがいた。なんと、それは男の子で、泣いていた。彼女はその子をあわれに思い、「これはきっとヘブル人の子どもです。」と言った。(出エジプト2:5〜6)

エジプトの王女が籠の中の赤ちゃんをかわいそうに思い、それを拾い上げました。王女はヘブル人の赤ちゃんであることを知っていました。

そのとき、その子の姉がパロの娘に言った。「あなたに代わって、その子に乳を飲ませるため、私が行って、ヘブル女のうばを呼んでまいりましょうか。パロの娘が「そうしておくれ。」と言ったので、おとめは行って、その子の母を呼んで来た。パロの娘は彼女に言った。「この子を連れて行き、私に代わって乳を飲ませてください。私があなたの賃金を払いましょう。」それで、その女はその子を引き取って、乳を飲ませた。(出エジプト2:7〜9)

ミリヤムの機転により、モーセは産みの母に育てられることとなりました。しかも、賃金をもらってです。なんと神さまの細かな点にいたるまで導きがあったことかと思わされます。

その子が大きくなったとき、女はその子をパロの娘のもとに連れて行った。その子は王女の息子になった。彼女はその子をモーセと名づけた。彼女は、「水の中から、私がこの子を引き出したのです。」と言ったからである。(出エジプト2:10)

何年もの間、ヨケベテが赤ちゃんを手元で育てたのかは分かりません。「モーセ」とは「水の中から引き出す」という意味があります。そのモーセは、ヘブル人でありながらエジプト人として育てられました。王女の息子として当時の最高の教育も与えられました。このモーセがやがて大きくなり、イスラエルの民を奴隷状態から約束の地カナンに導き出す指導者になっていくのです。

これらのことから、神さまの細かな部分にまで至るご計画、配慮があったことが分かります。
今週の聖句にありますとおり、

主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。(詩篇121:7)

神さまは、お選びになった者を守られるのです。
アブラハム契約が、何回も何回も挫折してしまうのではないかと思われる出来事が、次から次へとおこっていく過程の中で、神さまはしっかりその約束を守ってくださっていることを私たちは見ることができます。

これらは、皆さんの生活に当てはめることができるでしょう。同じ事が言えるのではないでしょうか。私たちはそれぞれ違う体験をしてきました、またこれからもして行きますが、神さまに守られている、そのことを感じられるのではないでしょうか。

アブラハムは完全な人間ではありませんでした。カルデヤのウル(現在のイラクの首都、バグダッド)に住んでいた彼に、神さまは「わたしの示す地に出て行きなさい。」とおっしゃられ、アブラハムはどこに行くのかも分からないままウルを出て行きました。ハランという町にしばらく滞在しました。その町でアブラハムの父は死にました。アブラハムはサラを伴って、やがて神さまが示してくださる地を目指して旅を続けました。当時アブラハムに仕えていた奴隷や家畜もいました。それらを連れてカナンの地に行きました。ところが、カナンの地には飢饉があり、エジプトに行くことになりました。その時、妻であるサラのことで罪を犯しました。

アブラハムはハランを出て旅を続けて行く過程において、アブラハムはその行くところどころに「祭壇」を築きました。そこで神さまを礼拝しました。しかし、エジプト下りをした時には祭壇を築きませんでした。それはその時、サラのことで罪を犯していたアブラハムの心が神さまから離れてしまっていたからです。やがてカナンの地に戻ったアブラハムに、ヤコブが生まれ、イサクが生まれ、十二部族の一人ひとりが生まれました。しかし、また飢饉があり、彼らは再びエジプトに行きました。その時、ヨセフが先に送られていました。それは神さまの導きでした。それから聖書には430年とありますが、その間にイスラエルの民は増えていき、エジプトの脅威となりました。そして今日の箇所にあるとおり、エジプト王はヘブル人を恐ろしく思いました。自分たちよりも数が多くなった民族を脅威に思ったのです。

今の時代にもあります。ドイツはトルコ人をたくさん受け入れました。ところがドイツにおいてトルコ人が増えていきました。トルコ人だけではなく、今は難民もたくさん受け入れています。自分たちと違う民族が入り込んで、そこで「幅をきかせて」いることは、元の住民たちの気に入りません。時に脅威と感じます。今、アメリカ大統領選で話題となっている「トランプ氏」の発言もこの考えによってです。エジプトの王がとった態度は、今の時代の政治家にも当てはまることです。自分たちにとって危険な存在は排除していこうという考えです。

最初は70人のイスラエル人が430年の間に何人に増えたでしょう。はっきりとした数は書かれていませんが、戦いに出ることができる若い屈強な男性が60万人という記録が聖書に書かれています。全体の住民ともなるとその何倍かになると思います。イスラエル人は多産であったと言いますから、何百万人といったところでしょう。そのおびただしい数の民族が出エジプトをする。そのことを皆さんは想像できるでしょうか。

パロはイスラエル人がエジプトから出て行くことを許しませんでした。それは労働力をなくすことになるからです。やがて過越しの出来事があり、パロは仕方なく出て行くことを許しました。神さまはモーセを通して奇跡を起こし、エジプトから出て行くことができました。

そのことは次週以降、見てまいりたいと思います。