日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2017年2月12日 主日礼拝「中風の人をいやす」

    

本日の聖書箇所

ルカの福音書5章17〜26節

説教題

「中風の人をいやす」

今週の聖句

彼らの信仰を見て、イエスは「友よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。

ルカの福音書5章20節

 

訳してみましょう

1867 Expect great things from God; attempt great things for God.
(神のために偉大なことを神に期待しなさい。神のために偉大なことを試みなさい。)

1868 Don’t be afraid to grow old; God goes with you!
(年をとることを恐れるな。神があなたと共に行かれる。)

 

説教メモ

1.バークレー・F・バックストン

彼はイギリスの聖公会の宣教師で、日本の福音派はもちろん、多くのキリスト教会に非常に大きな影響を与えた人物です。今朝集っておられる皆さんも彼の影響を受けているのです。

ある日本人の牧師、柘植不知人(つげふじと)師がナイアガラの滝を見に行った時のこと。そこに居合わせたアメリカ人はその滝を彼に自慢しました。柘植牧師は言いました。「これは私の父のものだ。」それでそのアメリカ人は驚き、「お前はクリスチャンか?」と尋ねました。「私は日本の牧師だ」と答えますと、「是非、今度の日曜日に私の教会に来なさい」と誘われ、その教会に行き証しする機会が与えられました。この柘植牧師も源流を辿るとバックストンに行き着くのです。バックストンという人は、それほど大きな影響力を持ち、日本の歴史を辿ると必ず出てくる人物ですので、是非覚えておいてください。

1860年イギリス生まれ。当時は南北戦争の時代です。日本では明治維新の時代でした。
彼の祖父は5ポンドの紙幣の肖像になっているほどの人でした。そのような名門の家に生まれ育ちました。
NHK大河ドラマ「八重の桜」には新島襄が出てきました。そして新島襄の元に「熊本バンド」という熊本のクリスチャンの青年たちが来ました。日本の歴史を見るときに、札幌バンド、横浜バンドなど「○○バンド」と名のついた群れがいくつもありました。そして有名なバンドにもう一つ「松江バンド」というものがありまして、バックストンはその松江バンドを始めた人と言っても良いと思います。

  • 笹尾鉄三郎…東京聖書学院初代院長、淀橋教会牧師
  • 竹田俊造…日本伝道隊の指導者
  • 三谷種吉…日本伝道隊の指導者
  • 堀内文一…日本メソジスト教団の創設者
  • 米田豊…バックストンの秘書、東京聖書学院教授、日本ホーリネス教団の指導者
  • 大江邦治…アライアンス教団の指導者

1946年に85歳でイギリスで召されるまで、日本との間を行ったり来たりする中で、このような人たちが「松江バンド」から出てきました。

バックストンは神戸に神学校を設立しました。その中から多くの日本人の牧師、冒頭に登場しました柘植不知人師らが出ました。彼は日本伝道隊で働いた人で、また日本基督教団の中で福音的な群れである「渇水の群れ」というものを始めました。彼らと私たちは交流があります。他にも

  • 澤村五郎…聖書学舎(現、関西聖書神学校)創設者で校長
  • 舟喜麟一…前橋キリスト教会牧師、福音伝道教団の指導者
  • 野畑新兵衛…日本同盟基督教団の創設者であり指導者、東京基督教短期大学の創設に関わる
  • 鋤柄熊太郎…日本同盟基督教団の創設者、指導者
  • 佐藤邦之助…日本イエス・キリスト教団香登教会牧師

バックストンはこのような日本の教会の創設者たちに影響を与えました。

また、あの内村鑑三は宣教師が嫌いでした。その内村が「バックストンは人類の華である」と賛嘆しました。聖潔を語るだけでなく聖潔を見せる器だと言っています。是非皆さんも、バックストンについて少し調べてみることをおすすめします。自分たちの信仰の源流を知ることができ、とても恵まれると思います。

 

2.罪を赦す権威

イエス様はご自分に罪を赦す権威があるとここで言っておられます。
旧約聖書ではダビデが姦淫の罪を犯したことが記されています。ダビデはその罪に気付いていませんでした。その時の彼の霊性というものがどれほどのものだったのかと思いますが、そのダビデに仕えていたナタンという預言者によって罪を指摘され、ダビデは自分の罪が分かりました。ナタンは姦淫の罪を犯したダビデに神さまのおことばを伝え、罪の赦しを宣告しました。しかしイエス様は、ナタンのように神さまのおことばを伝えただけではありませんでした。イエス様はご自分を神と等しくされ、「あなたの罪は赦された」と仰いました。それを聞いた律法学者たちは怒り、それは神への冒涜であると問題にしました。

ところが、律法学者、パリサイ人たちは、理屈を言い始めた。「神をけがすことを言うこの人は、いったい何者だ。神のほかに、だれが罪を赦すことができよう。」
(ルカ5:21)

しかしイエス様は

「なぜ、心の中でそんな理屈を言っているのか。
『あなたの罪は赦された。』と言うのと、『起きて歩け。』と言うのと、どちらがやさしいか。
人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに悟らせるために。」と言って、中風の人に、「あなたに命じる。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。
(ルカ5:22〜24)

そしてその後、癒しを行われました。明らかにイエス様が神ご自身であることを示す奇跡でした。

人々はみな、ひどく驚き、神をあがめ、恐れに満たされて、「私たちは、きょう、驚くべきことを見た。」と言った。
(ルカ5:26)

人々はこのように告白をしました。イエス様に罪を赦す力があることを私たちに明確に知らせ、そして私たちはそれを知るのです。

もし誰かが病気をしていて、その人が癒されると、周りの人にはそれが分かります。ここでは中風が癒されたことが周囲の人の目に明らかとなりました。さっきまで咳をしていた人が治ったとか、さっきまで高熱を出していた人が癒されたとか、そのように何か病気が癒されると、周りの人には一目瞭然、癒されたことが分かります。しかしダビデは大きな罪を犯しましたが、ナタンに指摘されるまで自分が犯した罪に気付いていませんでした。私たちは人の心の中が分かりません。人の顔を見ているだけでは分かりません。心の中にある罪も当然見抜くことはできません。赦されたことも分かりません。その人が神さまから罪赦されて、その証しを聞いて初めて、あぁ、あの人は罪を犯しそして赦されたのだなということが分かります。

ですから罪の赦しというのは、神さまのおことばによらないで確信することはできません。私たちはみことばを信じて、罪の赦しを確信し、聖餐の恵みにあずかるたびに、どれほど私たちの主があの十字架で苦しんでくださったのか。私たちの罪が赦されたと一言で言いますが、罪を赦してくださったイエス様はどのようなお気持ちで、私たちの罪を背負われて十字架に架かられたのか。もし皆さんが罪を犯してしまったら、ご自分をイエス様の気持ちに置き換えてください。私たちは再びイエス様を十字架につけてしまうような罪を犯してはなりません。「罪が赦される」言葉で言うのは簡単です。「イエス様は神だから罪を赦してくださるのは当然である。そこに愛があるのだ」そのような屁理屈を言ってはいけません。罪を赦された神さまの側には、どれほどの思いによって私たちの罪を赦したのかを知っていかなければなりません。

さて、17節から中風を患っている人が登場します。そしてその場面に、なぜかパリサイ人が登場してきます。パリサイ人は昔からいた人たちではなく、当時ユダヤ人の中に台頭してきたグループです。旧約聖書を見ると神殿に関するまつりごとをしたのはレビ族だったことが分かります。それが今から2000年ほど前からレビ族に徐々に取って代わってきたのがパリサイ人でした。パリサイ派とは「分離する」という意味から来る言葉です。人々から分離して、自分たちこそ律法を守ることによって神さまに認められる、義とされるのだということを信じていました。しかし誰一人として律法を完全に守ることはできませんでした。パリサイ人、律法学者たちは屁理屈を言ってなんとかイエス様を罪に定めようと、何度も何度も福音書の中でイエス様を試みる場面が出てきます。今日の場面でも、なぜこのパリサイ人が登場するのか不思議に思うわけです。しかし、イエス様の前にバプテスマのヨハネが現れたでしょう。

ヨハネの証言は、こうである。ユダヤ人たちが祭司とレビ人をエルサレムからヨハネのもとに遣わして、「あなたはどなたですか」と尋ねさせた。
(ヨハネ1:19)

彼らはバプテスマのヨハネを探りに来ました。それと同じように、この場面でパリサイ人たちも、やはり遣わされてイエス様を探りに来ていました。

しかし、イエスのうわさは、ますます広まり、多くの人の群れが、話を聞きに、また、病気を直してもらいに集まって来た。
(ルカ5:15)

日増しにイエス様の評判が広がっていく。そのイエスとは何ものなのか。敵意を含んだ目をもってイエス様を探るために、調べるためにやってきました。

ここで「中風を患っている」と訳されているギリシャ語は「παραλύω(パラリュオー)」です。ここから英語のParalyze(パラライズ)が出てきました。それは「麻痺した」という意味です。ここでは「ぐらぐらになってしまう、弱くなってしまう」そのような意味になります。それはやがて「中風」と訳されました。脳出血などの脳疾患によって体の半分または一部が麻痺してしまったり、感覚障害をおこしたり、言語障害を起こしてしまう病気です。現代では中風という病名は使われていないようです。

私は、中風を患っていたその人よりも、その人を戸板に乗せて運んで来た男たちにスポットが当てられました。イエス様のところに行けば、友人の中風が癒される。そのような信仰を持ってやって来た彼らですが、その家には人が一杯でとてもとても中には入れませんでした。そこで彼らは病人を担いで屋根に上り、屋根と天上を剥がしてイエス様の目の前に吊り降ろしました。その行為は大変なものです。そこにはイエス様に対する信仰、友への愛がありました。イエス様はそれを見て取り、「友よ(人よ)、あなたの罪は赦されました」と仰いました。

彼らの信仰を見て、イエスは「友よ。あなたの罪は赦されました。」と言われた。
(ルカ5:20)

ただ中風が癒されたばかりでなく、その人の罪が赦されたと宣言されました。それを聞いてパリサイ人たちは屁理屈を言い出しました。病気を癒すことは認めました。ところが本来なら神の領域である罪を赦すという行為を彼らは責めました。彼らの目には、イエス様が神さまだとは映っていませんでした。その理屈を見抜き、イエス様は

その理屈を見抜いておられたイエスは、彼らに言われた。「なぜ、心の中でそんな理屈を言っているのか。
『あなたの罪は赦された。』と言うのと、『起きて歩け。』と言うのと、どちらがやさしいか。
人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに悟らせるために。」と言って、中風の人に、「あなたに命じる。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。
(ルカ5:22〜24)

すると彼は、たちどころに人々の前で立ち上がり、寝ていた床をたたんで、神をあがめながら自分の家に帰った。
人々はみな、ひどく驚き、神をあがめ、恐れに満たされて、「私たちは、きょう、驚くべきことを見た。」と言った。
(ルカ5:25〜26)

病気が癒されたことが、そこに集まっていた人全員が知ることになりました。そして驚き、恐れに満たされました。
当時、ユダヤでは病気は罪の結果であると考えられていました。ヨハネの9章には

弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」
イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。
(ヨハネ9:2〜3)

このように、病気は罪の結果であると多くの人が信じていました。今でもそうかもしれません。ただ短絡的に病気はみな罪の結果と考えるのではなく、この病人に対してイエス様は罪の赦しの必要性を見抜かれたのだと、私たちは理解すべきです。イエス様はこの中風の人の中に、根本的な罪の赦しが必要であることを見抜かれました。

この出来事はイエス様が罪を赦す権威を持つ方であることを明確に表しています。パリサイ人たちは神の他に誰が罪を赦すことができようかと、心の中で言っていました。まさにその通りイエス様は神の子でした。

人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに悟らせるために。」と言って、中風の人に、「あなたに命じる。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。
(ルカ5:24)

イエス様は肉体的な病気の癒しを与えるだけにとどまらず、魂の罪の病を癒されるお方でした。

人の罪を赦す権威を持つイエス様。それが神さまであるということは、やがてイエス様の十字架によって証明されていくわけですが、パリサイ人、律法学者たちはそのことを知るべきであるし、この場面を目撃した人たちもやがてイエス様が十字架に歩んで人の罪を根本的に洗い清めてくださる救い主であることを知っていくわけです。

 

3.神をあがめ、恐れる

すると彼は、たちどころに人々の前で立ち上がり、寝ていた床をたたんで、神をあがめながら自分の家に帰った。
(ルカ5:25)

これは4つの共観福音書の中でルカだけが記している記事です。イエス様を信頼したのはこの病人と友人たちだけでなく、それを目撃した人たちも神さまをあがめました。

人々はみな、ひどく驚き、神をあがめ、恐れに満たされて、「私たちは、きょう、驚くべきことを見た。」と言った。
(ルカ5:26)

驚くべきこと。ギリシャ語では「παράδοξα(パラドクサ)」となっており、それは「自分の意見に反して」という意味です。つまり「信じられない、考えられない!」といったところでしょう。それがイエス様がなさったわざでした。

先日はカナの婚礼を見ました。また弟子たちを招く場面を見ましたが、それぞれイエス様が、ご自分は神の子であるとのしるしを人々の前で見せました。特に初期の頃は、ご自分に従ってくる弟子たち対して、ご自分の本当の姿を知ってもらいたいという思いでしるしをなさいました。今日の箇所でも、イエス様が本当に神の子であられ、人の罪を赦す権威をもっておられる方であることを、ここに居合わせた全ての人にはっきりとお示しになりました。
しかし彼らはしつこくイエス様につきまとって、時あらばイエス様を罪に定めよう、やっつけようと付け狙っていました。

イエス様は公生涯に入られましたが、なかなかイエス様の本当の姿というものは弟子たちにも、パリサイ人、律法学者にも分からない状況の中で、イエス様はご自分が神の子であられることを示す数々の奇跡、しるしをなさいました。私たちも聖書を読んできていますが、本当にイエス様がこの世に来てくださり、多くの奇跡をもってご自分が神の子であられる、神であられることをお示しになったことを見て来ています。そのことを覚えて、私たちは幸いな福音を人々に伝えていきたいものです。冒頭ではバックストン宣教師を紹介しましたが、彼はすべてを投げ捨てて日本の宣教にやってきました。そして多くの影響を与えました。私たちもまた信仰の先駆者にならい、福音をしっかりととらえ、信じて多くの人に分かち合って行く者となれるよう祈っていきたいと思います。