日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2017年3月5日 主日礼拝「5000人の給食」

    

本日の聖書箇所

ヨハネの福音書6章1〜14節

説教題

「5000人の給食」

今週の聖句

わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。

ヨハネの福音書6章35節

 

訳してみましょう

1873 Faithfulness in little things is a great thing.
(小さい事の忠実は、大きな事の忠実です。)ルカ16:10

1874 True faith will obey without delay.
(本当の信頼は、遅れることなく従います。)

 

説教メモ

1.ジョージ・ミュラー

私はこの名前を聞いて知っていることは、もの凄い数の孤児を養ったということです。彼は決して裕福な人ではなく、ただ神さまの助けをいただき、神さまに頼って、正確に言うと10,024人の孤児を養ったと言う記録が残っています。

彼はプロシア(ドイツ)に1805年に生まれました。お父さんはマタイさんのように、税金を集める人でした。両親は宗教に無関心で、子どもの教育や躾はあまり健全なものではありませんでした。彼が子どもの頃にはたくさんの悪い習慣をことごとく身につけていました。16歳の時、ついに刑務所に入れられてしまいましたが、お父さんの助けによってなんとか刑務所から出ることができました。その父の信用を得ようと、表面的には真面目を振る舞いました。やがて彼のお父さんは、自分には信仰などないのに、なぜか息子を聖職者にしたいと思いました。そして教会付属の学校に進ませました。やがてハレー大学の神学校に進み勉学するまでに至りました。しかし彼はまったく聖書を読みませんでした。300冊もの本を持っているのに、ただ一冊の聖書、信仰書も持たないという在り様でした。彼にはペーターという不良仲間がおり、いつも遊び歩いていました。ところがペーターは自分のしているあまりにも不真面目な生活に恐れを抱くようになり、ハレーの町に住んでいたワグナーというキリスト者の集会に参加するようになり、そこで救いを求めるようになりました。ミラーも真面目になりたいという願望はありましたが、自分ではどうすることもできず、ずるずると悪い習慣を続けていました。ミラーはペーターに頼んでその集会に出てみました。その集会は国教会と違い、みことばと祈りと賛美による敬虔な信仰に溢れたものでした。彼はここにこそ自分が求めるべきものがあると思い、初めて熱心に聖書を読む人となりました。そして、20歳の秋、あれほどの罪と悪習慣の奴隷となっていた彼は、まったく新しく生まれ変わる時を迎えました。信仰に眼が開かれた彼はぐんぐんと成長し、やがて主のために献身するまでに成長しました。みことばを学び神さまに従う聖い生活へと変えられていきました。
1830年、彼が25歳の時、小さな群れの教会の牧師として迎えられました。その年の10月7日にメアリーと結婚し、二人は心を合わせて主のために働くことになりました。しかし試練も訪れました。最初の子どもは死産となり、その上、妻は大病を患い、このような中で彼は神にのみを信頼しました。その結果、すべての経済的必要は満たされ、健康も回復しました。この経験から、どんな小さなことでも、大きな事にも神は祈りに応えてくれることを確信し、次のような信条を一生持ち続けました。

  1. どんなに貧しくなっても、人間を頼らず神のみに頼る
  2. 決して借金をしない
  3. まず神のために用いること

1832年、英国のブリストルに行き、そこで伝道をすることになりました。そこには孤児が多くいました。数人の孤児を引き取り世話をし始めると、やがて数年の間にそれは2,000名近くにもなりました。神は必ずすべての必要を満たしてくれることを信じ、この働きを進めました。何度も食物のない時があり、お金もない時があり、建物も狭くなりもっと大きな家が必要となりました。あらゆる困難な中、神はミュラーの祈りに応えてくださいました。神は1万人以上の孤児を養い育て、33,000人の孤児を学校に通わせてくださいました。その中からどんなに多くの神を信じる人間が起こされたか分かりません。彼は一生の中で、5万回にもなる神さまの応答が与えられたことを記録しています。この働きは94歳に天に召された後も、今日に至るまで、同じ信仰の原則ととスピリットに立って続けられています。
彼はある意味で私たちよりも弱さや欠点のある人でした。しかし神にいつも全身全霊を傾け信頼し、いかに神が生きて働いてくださるかを、世界中の人々の目の前に証明してくれました。今日も神は、私たちをも同じように神の証人として用いることができるのです。

皆さんは「石井十次」という人をご存知でしょうか。この人もまたジョージ・ミュラーに感化され、日本で初めて孤児院を設立した人です。ミラーは多くのクリスチャンに良い影響を与えました。彼は少年時代は本当にろくでなしで、警察沙汰にもなった人ですが、神によって変えられました。神さまはどんな人をも造りかえてくださる方です。

 

 

2.5,000人に食べさせる

イエス様がなされた不思議なことが記されていますが、聖書は決しておとぎ話としてそれを記しているわけではありません。必ず意味があります。ここにはどんな意味があるのでしょうか。

私たちの信仰は日々訓練されています。日々試され、強められ、そして深められていきます。信じた時と同じではありません。ただぼーっとしていては成長できません。真剣に取り組んでいかなければ信仰の成長はあり得ません。イエス様はご自分の弟子たちを成長させるための訓練を何度もお与えになりました。今日の箇所も、この奇跡を通してご自分の弟子たちの信仰を整え、鍛え、また弟子たちの信仰を増し加えてくださっています。

先日お話ししました湖での嵐ですが、その経験に加えて5,000人の胃袋を満たすチャレンジを与えておられるのが今日のところです。

それにしても、神さまからのチャレンジはスケールが大きいです。ここでは5,000人の腹を満たせというのです。男だけで5,000人です。女性やお年寄り、子どもたちを合わせたらいったい何人になるのでしょうか。そのおびただしい数の人の腹を満たせというのです。普通ならあり得ないことではないですか。

私たちが日常生活において出来るようなことだったら、それは意味はありません。イエス様は無理難題を仰るのは、弟子たちの信仰を引き上げるためでした。自分の努力が足りないとか、才能がないからだとか、そういったことで自分を卑下したりしないで、まずは神さまの力に信頼して神さまの助けを求めるように、私たちはこの出来事から見ていかなくてはなりません。

5,000人を養うという記事は、3つの福音書(共観福音書)、そしてヨハネの福音書と、四つの福音書すべてが記している唯一の奇跡です。このことから言っても、非常に大切な奇跡だったことが分かります。

ルカの福音書を見ますと、この奇跡の舞台はベツサイダというところです。ここはペテロ、アンデレ、ピリポの出身地です。具体的な場所についてはいくつかの説はありますが、カペナウムから約2.5㎞くらいガリラヤ湖沿いに南に下ったところです。
ヨハネが言う「テベリヤ」ですが、初めは「ゲネサレ」と呼ばれ、後に「ガリラヤ」と呼ばれるようになりました。テベリヤはヘロデ・アンテパスが皇帝テベリウスの為に建てた町で、それ故にテベリヤと命名され、そう呼ばれるようになりました。そこはギリシャローマ風の町でした。その町は古代墓地の上につくられた町であったために、厳格なユダヤ人はこの町に住みたがらなかったそうです。異邦人や貧しい人々が住む町となりました。

この奇跡が行われたのは、過越の祭りが近い時期。丘は青草に覆われていました。この日も沢山の人々がイエス様に向かって押し寄せてきました。イエス様はこの群れを、マタイは「深く憐れんで」、ルカは「喜んで」と記しています。
しかしこの時点でイエス様も弟子たちも、連日の伝道旅行で疲れ切っていた頃でした。マルコがそのことを記しています。にもかかわらず、イエス様は群衆の必要に応えようとしました。

イエス様はご自分に押し寄せてくる群衆を見ながら、弟子たちに食事の話しを持ちかけました。先ほども申しました通り、その群衆の数は男だけで5,000人、女性や子ども、お年寄りを含めればざっとその何倍かにはなるでしょう。さらにそこは辺鄙(へんぴ)な所。時間も遅い。食料など売っているわけもなく、弟子たちは群衆を解散させようとイエス様に提案しました。イエス様はピリポに向かって「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。」と仰いました。たとえお金があったとしても、そこでは恐らく膨大な数のパンなど売っていなかったことは確実でしょう。聖書には「イエス様がピリポを試すため」と、はっきりその目的が記されています。イエス様はご自分では、ご自分がこれからなさろうとしていたことは当然ご存知でした。ピリポは答えます。「200デナリでも足りません」。200デナリとは、200日分の給料です。今ならざっと200万円といったところでしょうか。ピリポはなぜ200という数字を出したのかは分かりません。200デナリなんてお金も持っていなかったと思います。ところがアンデレが

「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。」
(ヨハネ6:9)

多分アンデレという人は、あちこち食べ物を探し回ったのでしょう。するとある少年が大麦のパン5つの魚2匹が入ったお弁当を見つけました。それをイエス様のところに持ってきました。そしてこのように言いました。

するとイエス様は次のように命じられました。

イエスは言われた。「人々をすわらせなさい。」その場所には草が多かった。そこで男たちはすわった。その数はおよそ五千人であった。
(ヨハネ6:10)

そこでイエス様は奇跡をなさいました。

そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。
そして、彼らが十分食べたとき、弟子たちに言われた。「余ったパン切れを、一つもむだに捨てないように集めなさい。《
(ヨハネ6:11〜12)

皆さんはこの情景を思い浮かべることができるでしょうか。ここでは省略されていますが、イエス様は少年が差し出してお弁当を両手で持って、父なる神さまに祈ったのでしょう。「天のお父様、ここにパンが5つと魚が2匹あります。これを用い、神さまのご栄光をあらわしてください」、そう祈ったのではないでしょうか。
そしてパンを二つに折って裂きました。これは私の考えですが、それを隣りにいた弟子に渡したのだと思います。そして弟子たちも同じようにしたのだと思います。すると不思議なことに、分けても分けてもそのパンは小さくなりませんでした。満腹するほど十分に食べられる大きさだったということです。人々は満腹したのです。そして余ったのです。それを集めると12のカゴ一杯になりました。

人々は、イエスのなさったしるしを見て、「まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ。」と言った。
(ヨハネ6:14)

 

 

3.イエスの御力

イエス様はわざわざ弟子たちに彼らの能力を超えたチャレンジを与えました。神さまが全能な方であることを知るための訓練でした。これは私たちも受け止めて理解していくべきことでしょう。

イエス様は公生涯に入られた時、40日40夜、荒野で試みにあわれました。そのとき仰いました。

「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」
(マタイ4:1〜4)

さきほどジョージ・ミュラーのことをお話ししましたが、彼もまた十分な財産など持っていなかったし、与えられた資金や物資がその先ずっと確保できるのかも分かりませんでした。でも彼は祈りました。「神さま、今、この孤児たちに食べさせる食物がありません。どうか与えてください」。そして翌朝になってみると、玄関に食物が置いてあったという証しは数え切れないほどあります。神さまに頼り、神さまによって成っていくことを何度も何度も経験したのです。

神学校で良く言われてきていることですが、昔の学生たちはとても貧しい人たちでした。十分なお金があったから献身したわけではなく、むしろ貧しい者が献身し、それを学校が受け入れていました。そこで彼らは祈り、そして信仰によって奇跡的に神さまに養われてきました。ところが途中で政府の方針で神学校も学校法人としなければならないこと、そしてかかる学費を明示し、それが確保できている保証が必要であることになりました。それに反対した神学校は、学校法人とはなりませんでした。
私たちが今、神学校に送っている神学生も、皆さんも良くご存知のように、決して裕福な状況からの献身ではありませんでした。授業料も払えるか払えないか分からない状況の中での献身でした。しかし私たちは、兄弟が献身するとなった時、「兄弟、是非行ってください。私たちが何とかサポートしますから」ということで成り立ったのです。

イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。
(ヨハネ6:35)

しかし私たちは肉体のために食べ物が必要です。お腹が空きますから自ら食事の用意をします。そしてお腹を空かしている子どもがいるならば、なんとかそれを満たしてやろうと思って用意します。

私たちの肉体の糧は神さまが満たしてくださいます。同時に霊の糧も神さまは満たしてくださいます。私たちの霊的な命の必要もすべて養ってくださって、なお余りある御力をお持ちであるのが私たちの神さまです。

ところで、神さまは、私たちが祈りさえすれば与えられるとは仰っていません。普通の手段で、普通の経路を用いて私たちに与えてくださるのです。

今日の奇跡の箇所でも、パンが天から降ってきたわけではありませんね。少年が持っていたパンと魚をイエス様がお用いになりました。

神さまはごく普通の手段を用いて私たちの必要を満たしてくださいます。養ってくださる。そのことを私たちは重んじていかなくてはなりません。その上ですべての必要が究極的には神さまがみこころによって満たしてくださるのだということを認め、主に感謝と賛美をささげなければなりません。先ほども申しましたが、もし貧しい神学生がいたならば、私たちはその必要を満たしていかなければなりません。祈って、その祈りの中で示されて、私たちの手をもってしていくのです。私たちがそれぞれに神さまから養われ満たされているものは、誰かの実際の手を通してなのです。ただ天から降ってくるようなものではありません。神さまは普通の手段で、普通の経路を用いて奇跡を起こされる。私たちを用いてくださる。そのようにして神さまは私たちのそれぞれの必要を満たしてくださっているのです。