日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2017年7月2日 主日礼拝「サウロの回心」

    

本日の聖書箇所

使徒の働き9章1〜31節

説教題

「サウロの回心」

今週の聖句

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

コリント人への手紙第二5章17節

 

 

訳してみましょう

1907 Sometimes the best way to be like Jesus is to sit quietly with a hurting friend.
(ときどきイエス様のようになる最善の方法は、傷つきやすい友人と静かに座ることです。)

1908 God uses ordinary people to carry out His extraordinary plan.
(神は普通の人を使って驚異的な計画を実行します。)

 

 

 

説教メモ

1.迫害者サウロ

クリスチャンを迫害する人たちの中にサウロという青年がいました。サウロは神に選ばれた特別な人でした。今朝は彼がどのようにイエス様を信じるようになっていったかを見ていきたいと思います。

迫害の急先鋒はサウロという若者、後のパウロでした。サウロはトルコ半島の小アジヤの南にあるキリキヤ地方のヘレニズム文化で繁栄していた大きな都市タルソで生まれました。そこは当時、世界の三大学都として知られていました。父親はディアスポラ(離散のユダヤ人)で天幕職人でした。彼は何らかの功績が認められローマ市民権を獲得しました。そしてその父親から生まれたサウロは生まれながらのローマ市民でした。タルソで高等教育を受け、天幕作りを身につけ、若くしてエルサレムに行き偉大な律法学者ガマリエルに師事しました。ガマリエルという人物はサンヘドリンの議員でもありました。ユダヤ教に関する問題を協議していました。サウロはその議会の傍聴を許されていました。ですからイエス様の裁判も傍聴していたと考えても良いかもしれません。

サウロという人間がどのような人だったのか、自己紹介がガラテヤ書にあります。

リベルテンの会堂に属する人の中でもリーダー格として、キリスト教を目の敵としていました。
以前ユダヤ教徒であったころの私の行動は、あなたがたがすでに聞いているところです。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました。
また私は、自分と同族で同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。
けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、
異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、
先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。
それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。
(ガラテヤ1:13〜18)

 

さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
(使徒9:1〜2)

「この道の者」。当時はまだクリスチャンという言葉はありませんでした。

 

 

迫害者サウロ。エルサレムを逃れた信者たちの活躍を知ったサウロは彼らに対する激しい怒りに燃え、この道の者、つまりクリスチャンを国外まで追跡していきました。大祭司の委任状を携えて意気揚々とシリヤの首都ダマスコに向かいました。ところが、ダマスコに近づいた時、天からの光に照らされ、復活の主の声を聞きました。「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」(使徒9:4)次の箇所にもう少し詳しく書かれています。

私たちはみな地に倒れましたが、そのとき声があって、ヘブル語で私にこう言うのが聞こえました。『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。』
(使徒26:14)

「とげのついた棒」とは何でしょうか。恐らく家畜を意のままに操るための鞭の変わりようなものだったと思います。農夫が牛に鋤を付けて耕作するときに使うもので、牛がその棒を蹴ると痛いだけで農夫の思い通りに歩かざるを得ないように、サウロの迫害は無益であるばかりか、自分自身が傷つくだけだと言われてしまったのです。

私が、『主よ。私はどうしたらよいのでしょうか。』と尋ねると、主は私に、『起きて、ダマスコに行きなさい。あなたがするように決められていることはみな、そこで告げられる。』と言われました。
(使徒22:10)

失明したサウロは同伴者に手を引かれてダマスコの町に入りました。飲み食いせずに過ごした三日間、彼は驚くべき出来事を思い巡らし、ナザレのイエスこそが到来を預言されていたメシヤであることを悟りました。正しいと思ってしてきたことが神への恐ろしい反逆であった事実に、サウロはおののいたでありましょう。そして自分が罪赦されて特別な取扱いを受けていることを知りました。

 

 

2.選びの器

ダマスコの信者の中で指導的な立場にいたと思われるアナニヤが登場します。

すると、律法を重んじる敬虔な人で、そこに住むユダヤ人全体の間で評判の良いアナニヤという人が、
(使徒22:12)

サウロがダマスコに来た目的を知っていたアナニヤは恐れました。そんな彼に主はおっしゃいました。

しかし、アナニヤはこう答えた。「主よ。私は多くの人々から、この人がエルサレムで、あなたの聖徒たちにどんなにひどいことをしたかを聞きました。
彼はここでも、あなたの御名を呼ぶ者たちをみな捕縛する権限を、祭司長たちから授けられているのです。」
しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。
彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。
(使徒9:13〜16)

アナニヤは戸惑いながらもサウロがいる家に行きました。サウロはそこで「あなたのしなければならないこと」(使徒9:6)を告げられました。サウロの目から落ちたウロコのようなものは何を意味するのでしょうか。アナニヤが聖霊に満たされるように言っていることから、肉眼の癒しと同時に霊的な目が開かれたことを表す表現です。サウロは聖霊によってイエス様を主と告白し、バプテスマを受けました。

聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。
(Ⅰコリント12:3)

そのようにして神さまはサウロを召されました。選びの器とされました。

使徒の働き9章19節の後半からは伝道を開始したサウロのことが記されています。

 

 

3.伝道を開始したサウロ

聖霊に満たされたサウロは、数日の間ダマスコの信者たちとともにいましたが、その後直ちに諸会堂で「イエスは神の子である」と宣べ伝え始めました。

サウロの回心は伝道師としての使命に直結していました。ダマスコの信者たちはサウロの急変ぶりに大変驚き、戸惑いもありました。しかしそんな雰囲気の中でもサウロは証しをせずにはいられませんでした。

多くの日数がたって後、
(使徒9:23)

回心後すぐに宣教を始めたパウロでしたが、まもなくアラビヤに出て行きまたダマスコに戻りました。サウロは静かな土地に退いて、目前に控える多くの困難、宣教活動ゆえに起こる困難に備えていたのかもしれません。ダマスコに戻ったサウロに対して、早速ユダヤ人による反対運動が起こりました。それまでユダヤ教側の者としてクリスチャンを迫害していたサウロが変わってしまった。それなら今度はサウロを捜して殺してしまおうと考えました。

しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。
(使徒9:15)

大宣教師として彼は新しい歩みを始めました。

 

さて、私たちは何のために召されているのでしょうか。サウロのように神さまの選びの器として自分をの将来を見つめるならば、どんなビジョンが見えてくるでしょうか。神さまは私たちを通して何をされようとしているのでしょうか。パウロのような偉大な宣教師になることは到底かなわないかもしれません。しかし、私たちにできること、神さまが私たちを通して何をなさろうとしているのか。私たちはそれを見ていく必要があります。

サウロのように大胆に語る人もいれば、アナニヤのように一人の人の為に祈る人もいる。バルナバのように人と人とをつなげる役割をする選びの器となるかもしれません。私たちクリスチャンは皆がそれぞれ選びの器なのです。自分がどのように用いられたいのか。自分の賜物とは何かを考える必要があるのではないかと思います。

 

神さまはなぜ教会を迫害していたサウロを選ばれたのか。ユダヤ教の律法学者たちは、神が義とされるのは行いによるものだと考え、それを追い求めていました。サウロはその中でも誰よりも熱心なパリサイ人でした。それゆえ悔い改めてキリストを信じるだけで救われるとする新しい教え、教会の教えを許すことができませんでした。迫害の急先鋒に立ちました。サウロは、トーラー(旧約聖書)が実は神さまの愛と恵みによる教えを説いていること、キリストこそ神の愛と義を成就した方であることに目が閉ざされていました。しかしサウロは忠実に主に仕えていると言う強い確信がありました。その心にやっかみや嘘や損得勘定はありませんでした。サウロは熱心にこの道の者を迫害していました。真理のためには頑固なまでに全力を尽くす誠実な器でした。これが主がサウロを選ばれた理由の一つかと思います。信じていることに忠実で嘘がないことは、主がご自分の器として用いやすい器でありました。サウロはこちこちの律法主義者でした。しかし主はすべてをご存じの上でサウロを変え、今度はその熱心さが主の十字架と復活を宣べ伝える器となること、特に異邦人に宣べ伝える器となることを主は見ておられました。

何のために主はサウロを選ばれたのか。

しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。
(使徒9:15)

サウロは、およそ2000年前に主がアブラハムに約束された祝福を全世界に広げていくために働くようになる。主はアブラハムの子孫イスラエルを祝福し、その祝福がイスラエルを通して諸民族、異邦人にもたらされることを約束されました。その約束はイエス様によって成就されました。パウロはその祝福を携えて異邦人世界に遣わされました。しかしながらサウロは異邦人のためだけの器ではありませんでした。異邦人教会が祝福されることで、その祝福がイスラエルに逆流し、ユダヤ人の心がキリストに開かれて彼らも救われるため。つまりアブラハムの血肉であるイスラエルと、信仰による子孫である異邦人教会という二つの神の民が一つの神の家族になるために働く。こうして神の国の完成を見ることがサウロの宣教の目的でした。聖霊に満たされたサウロの目からウロコのようなものが落ちて、霊の世界が開かれ、サウロは自分の使命を確信していくようになりました。さらにキリストの名の故に苦しみを受ける使徒となって行きました。サウロは人々を神の国に導き入れるために多くの苦しみを受ける生涯を開始しました。それはサウロ自身が自慢したくなるほどの苦しみでした。教会を迫害した分、教会のために苦しむことを喜びとしたのでしょうか。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
(ヘブル12:2)

イエス・キリストから目を離さないでいる生き方を彼は踏襲していきました。これがサウロの回心でした。

 

私たちにもそれぞれに変遷があり、主を信じる者に変えられました。私たちも神さまに選ばれてイエス様が救い主であると信じる者へと変えてくださいました。神さまは何のために私たちを選んでおられるのか。私たちは何のためにクリスチャンになっているのか。何ができるのか。誰に福音を語っていくのか。今一度、思い巡らしていただければと思います。