日本同盟キリスト教団|長野聖書教会

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2017年8月20日 主日礼拝「いざローマへ」

    

本日の聖書箇所

使徒の働き27章、28章

説教題

「いざローマへ」

今週の聖句

「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。」

使徒の働き18章9f節

 

 

訳してみましょう。

1919 Our sin is great — God’s grace is greater.
(私たちの罪は大きい。神の恵みはもっと偉大である。)

※「恵み」とは、受ける資格がないのに受けること。

1920 Yielding to the Holy Spirit leads to right living.
(聖霊に委ねるということは、正しい生き方に導かれるということです。)

 

 

説教メモ

使徒の働きを学んできております。
先週はアテネからエペソまでのパウロの伝道について見てまいりました。21章から今日の28章までは、これまでの福音宣教の働きにおける具体的な神さまの救いのみわざの記事が記されており、それがいよいよ完結となり、主題がパウロのローマへの旅がどのように進んで行ったかというところに絞られて記されていきます。紀行文のように淡々と書かれていますが、しかしそこには、人の思いを超えて御心を実現される神さまの一つ一つのご計画を見ることができます。反対者の憎悪、敵対者の偽証に満ちた裁判、時の世の権力者たちすらも神さまの御心の実現のために用いられる道筋でした。この道筋の中心を貫いているのは、神さまがあらかじめパウロに語られた約束のみことばです。パウロは語られたみことばが語られた通りに実現することを確信し、悪しき者の揺さぶるにも動揺することなくローマに進んで行きました。

21章から28章を見て来ますと、神さまが歴史の最中(さなか)におられること、その支配者であられること、刻一刻とご自身の御心を実現なさること。この同じ神さまが今日も私たちのただ中において、聖霊様が導いてくださっていることを改めて心に刻ませていただける箇所ではないかと思います。

 

使徒の働きを記したのはルカです。彼は「ルカの福音書」とこの「使徒の働き」と二つの本を記しました。パウロの伝道に途中から合流しました。パウロは彼のことを「愛する医者」と言い、また「私の同労者」とも言っています。ルカという名前はギリシャ語で「光を与える」という意味です。専門家によるとルカの福音書、使徒の働きの二つは流暢なギリシャ語を駆使して書かれているということです。そこからルカはギリシヤ人であったと考えられています。いずれにしても異邦人の医者であり、教養のある人物でした。彼の特徴は「謙遜さ」に表れています。彼が書いた二つの書物の中でも自分をあまり表に出さず、主張せず、焦点を当てるべきテーマを際立たせることに心を裂いています。福音書においてはイエス・キリストこそが主であり、救い主であることを伝えています。使徒の働きにおいては、その主が弟子たちを用いて全世界に福音をもたらしたことを伝えています。第二回の伝道旅行の最中、ルカは突然「私たち」と言い始めます。ここからルカが伝道旅行に同行したことが推測できます。実のところルカという名前はパウロの書簡に3度しか登場していません。そのように、ルカは表だった人ではありませんでした。

 

27章からローマへの航海が始まります。

1.難破する船

パウロは裁判で皇帝に上訴しました。パウロがどうしてローマに行くことになったのか。この辺りのことは使徒の働き21章から26章までをご覧ください。裁判を受ける途中にユダヤ人の暴動が起こったり、裁判がでたらめだったりと色々な事がありました。そうこうするうちに、パウロがローマ市民だということが分かったので、彼はローマの皇帝に上訴しました。すると思ってもみなかったのですが、百人隊長らがパウロを護衛しながらの船でのローマ行きが決定しました。これはパウロの計画にはなかったことでした。神さまの不思議な導きで、船で、しかも当時の法律もあり、地方総督が護衛を付けて、護衛付きでローマへ行くことになりました。

27章1〜8節を見ますと、カイザリヤからクレテ島までのことが書かれています。パウロだけでなく他の囚人たちも一緒でした。そしてユリアスという親衛隊の名が出てきますが、百人隊長と護衛兵とともにカイザリヤからミラまでアドラミテオの船に乗り込んで出帆しました。ルカとアリスタリコがパウロに同行しました。

シドンという港に到着したとき、百人隊長ユリアスはパウロを信用していたので特別な配慮をしました。シドンを出た船は小アジヤの沿岸を西に進み、ルキヤのミラに入港しました。一行はミラで大型の船に乗り換えました。その大きさは総勢276人+船員というとても多くの人たちが乗船していたほどでした。相当大きな船でした。ミラを出た船は風向きの関係でなかなか進めませんでした。外洋に出た時、風に妨げられ、また大陸から南に押し流され、クレテ島の南岸にある良い港に到着しました。

 

使徒の働き27章9〜12節は、非常に困難な航海が記されています。
パウロはこの季節の危険な航海に反対していました。地中海の風向きの関係で10月以降の航海は危険でした。できれば船旅は避けたいと考えていましたが護送されている身でしたので否応なく従いました。
パウロは難船などのこれまでの経験から、これ以上の航海は危険であると警告しています。しかし百人隊長は船長たちの意見の方を聞き、時を見計らってクレテ島の西にあるピニクスまで行くことを決めました。

パウロはローマ行きの実現の時について何も知りませんでした。しかし神さまは人知を越えた御心をなさいました。神はパウロに示したご計画をご自分の方法で一つ一つ実現していかれました。パウロにはそのことが分かりませんでした。

使徒の働き27章13節からは、台風のようなユーラクロンに悩まされました
クレテ島の良い港で時を待っていた船長たちは、穏やかな南風が吹いてきたのをきっかけにピニクスに向かって出発しました。ところが出てまもなく船はユーラクロン(北東の風)に巻き込まれピニクスに向かうことが出来ずに、クレテ島の南西約37キロにあるクラウダという小さな島の陰に入りました。その島影でつないでいた小舟を甲板に引き上げ、備え綱で船体を巻いて補強しました。また船がアフリカ北南沖合の砂の浜、浅瀬まで進んで乗り上げないように、風の抵抗を受ける帆などの船具を外し、流れる潮に任せました。しかし暴風雨は一向に止む様子はなく、船は風に翻弄され危険な状態となったため、船を軽くするために積み荷を捨て始めました。三日後には船具まで捨てました。しかも暴風雨のために、羅針盤もなかった当時、唯一の頼みであった太陽や星も見えず、自分たちがどこにいるのかという観測も出来ずに、どうにもならない状況に追い込まれ、助かる望みが絶たれようとしていました。そのような中、使徒の働き27章21節では、パウロは皆を励ます場面が出てきます。人々が助かる希望を失いかけたとき、神は全員が助かる道をパウロの口を通しお告げになりました。パウロはこのような状況になったのはクレテ島で忠告したことを聞き入れなかったからだと言いました。そして、船は失うがだれ一人命を失う者はいない。元気になるようにと励ましました。それは自分が仕えている神が告げたみことば、「自分がローマの皇帝の前に立つのだ」と、はっきりと神が約束されたからだと語りました。さらにパウロは、神はご自身が語られた通りになさるのだから、この船も、乗っている人たち全員の命を失うこともないのだと皆に告げました。そしてこの航海を導いておられる方が、人ではなく神ご自身であることを人々に証ししました。

私たちの人生の航海においても同じ事が言えます。何か色々とやっていてうまく行かない。すべてが破綻してきているような時に、その時こそ主なる神さまを仰ぐ時です。主はご自身のみを慕い求める者に救いを与えられるお方です。

 

使徒の働き27章27〜32節まででは、水夫たちが自分たちだけ助かろうと船から逃げだそうとしました。
良い港を出てから14日が過ぎました。船はアドリヤ海を漂流していました。やがて船が陸地に近づいていることを知りました。水夫たちは自分たちだけ助かろうと小舟で逃げだそうとしましたが、パウロはそれを見つけ、水夫たちが逃げてしまったら自分たちは助からないと百人隊長に告げ、兵士たちは水夫たちの逃亡を阻止するために小舟を船から切り離してしまいました。

 

使徒の働き27章33〜38節までのところでは、皆で食事をする場面が出てきます。
明け方パウロは14日間なにも食べないで憔悴しきっている皆に体力を回復するために食事を摂ることを勧めました。神さまがお告げになった通り、全員が助かるためです。こうしてパウロはここまで導いてきてくださった神さまに感謝の祈りをし、パンを裂き食べ始めました。同船していた人たちは、どんな時でも神を仰ぐパウロの信仰の姿勢に元気づけられ、全員が一緒に食事をしました。そして積み荷を捨てて船を軽くし、さらに前進していく備えをしました。

 

使徒の働き27章39節〜終わりのところでは、夜が明けるとどこの陸地かは分かりませんでしたが、砂浜のある入り江が見えたので、そこに船を乗り上げようとさらに船を軽くし、帆を上げて砂浜に向かって進みました。しかし途中で船は浅瀬に座礁してしまいました。そして船が壊れ始めました。そこで兵士たちは囚人たちが逃げてしまわないように、全員を殺してしまおうとしましたが、百人隊長の中にはパウロを助けようという強い思いがあったため、殺害を思いとどまらせ全員が上陸できるよう師事をしました。神さまが語られた通り、全員が陸に上がって助かりました。
ここでも神さまの約束が果たされました。

 

そしてついにローマに行きました。まずマルタ島です。

 

 

2.マルタ島上陸

使徒の働き28章1〜10節のところでは、マルタ島での三ヶ月のことが記されています。

パウロたちが乗った船が暴風雨に翻弄されながら漂流したところはマルタ島でした。島の住民はずぶ濡れで寒さのために震えていた一同のために火を焚いてもてなしてくれました。その火の中からまむしが飛び出てきてパウロに噛みつきました。それを見た住民は、「まむしに噛みつかれるような者には正義の女神の神罰が下る」考えていましたが、パウロには何事もおきませんでした。すると島民たちはパウロが神さまだと言い始めました。また、島を治める首長でポプリオという人がパウロたちを手厚くもてなしてくれました。これを折りにパウロはポプリオの父の重病が癒されることを神に祈り、神はその病を癒されました。これを知った島の人たちは、他の病人たちもパウロの前に連れて来てその病を癒してもらいました。こうして島の住民はパウロたちを尊敬し、彼らが出帆する時には、その旅のために必要なものを準備してくれました。

 

そして使徒の働き28章11〜16節のところで、いよいよローマに到着しました。
三ヶ月のあいだ、パウロたちはアレキサンドリヤ行きの船に乗りマルタを出帆し、途中の港を経て北上し、イタリア半島のポテオリに入港しました。ここでパウロたちは主にある兄弟たちの家に7日間滞在しました。パウロたちがポテオリを出発してから陸路ローマに続くアッピア街道を進む中、パウロのことを聞いたローマの兄弟たちが次々とパウロの元に出迎えにやってきました。ローマを目指し様々な苦難を通ってきたパウロは、ここに至るまで導いてくださった神さまに感謝をささげるとともに、都に進んで行くことを迎えに来た兄弟たちの姿にどれほど勇気づけられたことでしょう。

 

ついにパウロはローマの城門をくぐりました。
この時、鎖につながれていた初老の囚人パウロが、やがて帝国全体を主イエス・キリストのもとにひざまづかせる永遠の御国の使節であるということを、誰が思ったでしょうか。

パウロは番兵付きではありましたが、自分の家に住むことを許されました。

 

 

3.ローマに到着したパウロ

使徒の働き28章17〜24節のところでは、ユダヤ人の代表者たちがパウロに会いに出て来ました。
ローマに着いて3日のうちに、パウロはまずユダヤ人の代表者たちを招いて、自分がローマに送られてきた理由を語りました。パウロは、同胞にも神の律法にも背いていないのに、ローマ人に引き渡され取り調べられたと語りました。さらにローマ人は自分の罪を認めず、パウロを釈放しようとしたけれどもユダヤ人たちが異議をとなえたためにやむなく皇帝に上訴したことが語られています。自分はイスラエルの望みのために裁かれようとしており、このことでユダヤ人を訴えるつもりはないと言いました。するとユダヤ人たちはパウロのことについてユダヤから何の告訴状も受け取っていないし、ローマでは悪い噂もない。ただパウロが伝えている宗派については反対があるので、直接パウロの話を聞きたいのだと告げました。

 

使徒の働き28章23〜28節を見ますと、ユダヤ人たちとの二度目の会見のことが書かれています。
パウロは日を改めて多くのユダヤ人を招き、朝から晩まで神の国、死者の復活の望みについて、旧約聖書を引用しながらイエスについて説明しました。彼らを説得しようとしました。それを聞いたユダヤ人たちは、福音に対して意見が分かれたまま帰ろうとしました。パウロはイザヤ書6章9〜10節の預言の成就だと言いました。彼らの心の頑なさにより福音は異邦人にもたらされると告げました。彼は福音を信じるか否かは、それを受けるユダヤ人の心の問題であることを訴えています。ユダヤ人の中にはパウロの話す福音に対し、それを信じた者もいれば信じようとしなかった者もいました。

28章30〜31節では、福音は何の妨げもなく宣教されて行くのだということが記されています。
パウロは2年間、自費で借りた家に住み、同労者や兄弟たちの助けを受けながら、訪ねてくるすべての人を家に迎え、主イエス・キリストの御国の福音を宣べ伝えました。

ルカはそれ以降の福音宣教については記していません。それは、福音が地の果てまで及ぶまでは終わらないことを示しているのではないかと思います。

 

使徒たちが宣べ伝えてきた福音は今、私たちの元に届きました。感謝なことです。

使徒の働き。
「使徒」と訳されています。「使徒行伝」とも呼ばれています。ある日本語訳聖書には「聖霊行伝」というタイトルが付けられています。

「使徒の働き」を一言で言いますと、先ほどご一緒に賛美いたしました

「涯(はて)しも知られぬ青海原をも、奇しき御手もて造りし御神よ、波路ゆく友を安く守りませ」

この賛美歌の歌詞に良く表されているのではないかと思います。
使徒の働きを最初から最後まで読んでまいりますと、「聖霊に導かれた使徒たちの行伝」であることが分かります。
聖霊が与えられ彼らは力を受けました。そして未知の世界へと宣教に出て行った、その記録が使徒行伝です。

来週は「使徒の働き29章」を学びます。その意味がお分かりでしょうか。
使徒の働きはずっと続いています。使徒行伝は、皆さんの行伝でもあります。聖霊がどのようにパウロを導いてローマまで来たかを見て来ました。そして福音宣教はローマで終わった訳ではありません。福音はさらに宣べ伝えられ、やがて私たちのところにも届きました。ですから使徒の働きはずっと続いているのです。そのことを来週は見てまいりたいと思います。29章からは皆さんの行伝となります。私たち一人ひとりの行伝であり、一人ひとりが行伝を綴っていくのです。私たちは、私たちの思いや様々なことを超えた聖霊様の導きによって、すでに29章を記してきています。いつか神さまの前に立ったとき、それを報告してください。神さまは喜んでくださるでしょう。パウロが受けたような困難にも勝る多くの困難が私たちを襲うかも知れません。しかし、使徒の働き全体を通して見て来たとおりに、使徒たちが宣べ伝えた福音がそのようにして私たちの所に届いたのだということを覚え、感謝し、私たちの行伝、使徒行伝、聖霊行伝を綴って行きたい。そう思うのです。